横道世之介:刊行を巡って 吉田修一さん・東直子さん対談(その3)

◇特別に思い入れある人物--吉田さん
◇救世主的な存在なのかも--東さん

 東さん 世之介は、自然にシンパシーを人に抱かせる人物ですよね。

 吉田さん 今まで書いた主人公の中でも特別に思い入れがありますね。自分にないものを全部持っているようで、うらやましい。構えていない感じとか。いろんな方が、この小説の話をすると、「世之介」って呼び捨てにされます。その感じも好きなんです。

 東さん 自意識過剰なところはあんまりないですね。

 吉田さん そういうのがうらやましいと思います。

 東さん 愛きょうがあるし、周囲の人の良い面をいつの間にか引き出してくれる。みんな、大人になってから、世之介が懐かしくなる。人徳とは別のものだけれど、人間ができているというか。

 吉田さん 無意識で人間ができていたら、最高ですよね(笑い)。

 東さん とにかくひたむきで、祥子ちゃんはじめ、変わったところのある人もなんだかんだで受け入れる。そうして他者に巻き込まれつつ、周りを浄化します。救世主的ですね。40歳で突然亡くなることも。現在のシーンが何度か挟み込まれるのは、最初から考えていたことなんですか?

 吉田さん 大学1年のテンションで1年間を書き続けるのは可能ですが、世之介たちが言ったり考えたことが「実はそうじゃない」って、20年後の自分は分かっている。それを書かないフラストレーションがたまったものですから。それで、何か手はないかと考えて、季節ごとに現在を入れてみることにしました。

 東さん 世之介の亡くなる事故は、JR新大久保駅で線路に転落した人を助けようと、カメラマンと韓国人留学生が亡くなった事件がモデルですね。

 吉田さん あの事件は、確かに大変だったのですが、何かとてもすがすがしい希望を感じたんです。

 東さん 死んでしまうことがわかった後は切ないのですが、もう一度最初から読み直すと、途中から落ち着きました。この人は、それまでこんなに充実して生きたじゃないか、と。

 吉田さん 本にする前に原稿を読み直して、おっしゃる通り、世之介はある時代を生きたんだと感じました。彼がここまで生きてくれたからこそ、単行本では、ちゃんと事件を描けたんです。今、その感覚を初めて言葉にして頂けました。ありがとうございます。

 東さん 40歳になるまでの世之介も、興味深いです。いつか、お書き頂ければうれしいかと。倉持親子も気になります。あの家族は少し悲劇的ですが、母親の唯は割とひょうひょうとしているし、頑固おやじの倉持も、娘にちゃんと愛情がある。

 吉田さん 普通で一般的な話を小説にするのは大変だと改めて思ったので、続編は……。でも、倉持家については、ぜんぜん心配していません。娘も分かってくれるだろうって。

 ◇よしだ・しゅういち
 1968年、長崎県生まれ。法政大卒。97年、『最後の息子』で文学界新人賞。02年に『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞。『悪人』で大佛次郎賞と毎日出版文化賞をダブル受賞。他に『キャンセルされた街の案内』など。

 ◇ひがし・なおこ
 1963年、広島県生まれ。神戸女学院大卒。96年、『草かんむりの訪問者』で歌壇賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。06年、『長崎くんの指』で小説家デビュー。他に『とりつくしま』『薬屋のタバサ』など。

毎日新聞 2009年09月28日 東京朝刊

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