第2回ホンヨモ!クラブ 入選作品
野分ノ灘―書き下ろし長編時代小説
「居眠り磐音江戸双紙 野分ノ灘」佐伯泰英・著
遠山益夫さん (男 55歳)

しびれる剣豪小説

 剣豪小説を手にした時、身体の中からふつふつと沸き上がるこの感情はどう説明すればよいのだろう。現代小説ではとうてい味わえない心の昂ぶりが確かに感じられる。

 なぜか、それは我々が日本人だからである。勿論、判じものを投げかけようとしているのではない。欧米人の立居振るまいの規範は「キリスト教」であり、日本人のそれは「武士道」である、とは司馬遼太郎の言であるが、我々は剣豪小説に、人としての理想の生き方を追い求めるのである。

 自分の命を狙う刺客にさえ、憐れみをもってその亡骸を妻の眠る墓に埋葬してやるやさしさ。理不尽な原因で窮地に陥った同心木下一郎太を、立ちはだかる巨悪にもひるまず救い出そうと試みる鉄壁の気骨。それらの行動一つ一つにファンはしびれるのである。

 そして、この物語を華やかに彩るのがおこんの存在であろう。「深川の今小町」と喧伝される町娘が、乱暴者の狼藉に対してはみごとなたんかを切って見せる。その気風のよさに又ファンはしびれてしまうのである。

 坂崎磐音とおこんという理想の男女の愛情劇。そして、この二人に惚れ込んだ人々の庶民生活を縦横に描いてみせた江戸の市井譚。日々の生活に疲れ切った現代人にとって、読んで面白くない訳がないのである。

「居眠り磐音江戸双紙 野分ノ灘」佐伯泰英・著
福島正純さん (男 59歳)

刻み込まれる人物像

 小説の導入部が巧い。深川鰻処宮戸川の親方鉄五郎は、鰻割き職人磐音がなにやら思い悩んでいることに気づく。読者も磐音の悩みが何であるか気になり、思わず小説の世界に引き込まれる。理由を聞けば江戸一と評判の尚武館佐々木玲圓道場の後継となるので、今の仕事を辞めなければならないという。鰻割き職人が剣の名人。意外な組合わせに読者は意表を突かれる。

 実は磐音は豊後関前藩国家老の嫡男坂崎磐音で、藩の赤字財政立て直しのため藩政改革を企てるが、守旧派との戦いに敗れ今は藩を離れている。磐音の意外な人物像が畳み掛けるように紹介され、読者の脳裏に刻み込まれる。

 この小説の特徴は、著者の巧みな人物描写によって読者の心に登場人物の姿形が思い浮かぶ点にある。磐音の身の振り方を聞いた親方は「鰻割きは今朝をかぎりに目出度くも幕にしなせえ」と言う。気風のいい鉄五郎親方の啖呵が聞こえてくるようだ。

 主人公磐音は剣の達人にして鰻割きの名人且つ藩の赤字財政縮小のため、藩特産品の江戸における販売を提案する経済センスを併せ持つ。それでいて人柄は謙虚で誰からも慕われる。許嫁のおこんも今小町と言われる美貌の持ち主でありながら、人の心を思いやる気持ちを持っている。まさに非の打ち所がない理想のカップルで「ご両人」と声を掛けたくなる。田沼意次という時の権力者の姿が垣間見え、読者の想像を刺激する。読んだ後清々しい気分になる小説である。

 
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