第2回ホンヨモ!クラブ 入選作品
刑事 雪平夏見 アンフェアな月
「刑事 雪平夏見 アンフェアな月」秦建日子・著
藤牧翔子さん (女 46歳)

ひと味違うドラマ

 ジェフリー・アーチャーの小説を思わせるスピーディーな場面展開の中で、美貌の刑事雪平の魅力は全開だ。特に階級組織で働く者が二の足を踏む様なことをいとも簡単にやってのけてしまう姿に読者は魅了されるだろう。

 重大な局面で、自己保身と責任回避ばかりの上司の顔面に彼女は強烈な右ストレートを叩き込む。世のサラリーマンの溜飲を下げてくれる事まちがいなしだ。「女の捜査官は感情が表に出すぎだ」と言いつつ雪平には「無情すぎてムカつく」と宣う上司。そんな男社会の偏見をものともせずにつき進むカッコ良さに、働く女性は胸のすく思いがする筈だ。

 地道な「現場百回」を旨としつつも、令状なしの強行突入、手段を選ばぬ事情聴取で犯人を追いつめる様はまさにハードボイルドだ。

 しかし、乳児誘拐、少女連続殺人という殺伐とした犯罪捜査の話であるのに時折心の琴線に触れるようなせつなさを感じるのはなぜだろう。それは、どんな凶悪犯にも、そし 必要とあらば容疑者を射殺する雪平にも、人間らしい柔らかな感情が揺らめく瞬間があることを作者が見事に描き出しているからだ。

 弱い立場の者への共感や仕事への意地、手放した娘の前で愛情表現ができずに「迷える子羊」になってしまう雪平の姿・・こういうエピソードの数々がいとおしく魅力的である。

 この本を手にしたあなたは、胸のすく思いと、並のハードボイルドとはひと味違う、極上のドラマを味わうことができるだろう。

「刑事 雪平夏見 アンフェアな月」秦建日子・著
なぎのあかねさん (女 68歳)

今に生きることを問う

 警視庁捜査一課の敏腕刑事、雪平夏見。難事件解決の立役者でありながら、被疑者を二人も射殺。自身の美貌にも、他人の評価にも一切無頓着でわが道をゆく。とくれば、男社会である組織にとって、まことに頭の痛い厄介な存在であるらしい。その雪平がいきなりいわば畑違いの誘拐事件に駆り出される。人質は、生後3ヵ月の女の子。

 犯人像も誘拐の意図も皆目見当がつかない。ついにおくら入りかと思われた事件の核心を、突き止めてゆく雪平。見えてきたのは、ひとりの男の明確な意志と、小さな偶然が無関係だった人間の間を見えない糸で繋ぎ、乳児誘拐事件へと変貌させてゆく過程であった。

 事件の真相に辿り着いたとき、雪平と犯人のあいだには、無言の共感、強いていえば戦友のようなとでもいえるかすかな感情の交流がうまれたのではないだろうか。

 事件を起こしてしまった犯人の絶望と哀しみが、わたしにもわかるような気がした。いまの世の中に、適応して生きるということは、人として、どれほどのものを捨て去っていることだろうか。面白さのうしろには、痛烈な問い掛けが込められている。

 なお、本の作りにも是非ふれておきたい。章の区切りに、まるで舞台の暗転のような真っ黒な紙面があって、そこにナレーションのように大小の活字がおどる、どきどきするような仕掛けは、映画か舞台を観たような印象で、はじめて経験する面白さであった。

 
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