第2回ホンヨモ!クラブ booksまいにち選奨
名もなき毒
emiさん (男 20歳)

 人間ならば誰しもが持っている毒。その毒とはどの様なものなのか。それに対抗するための解毒剤はあるのか。

 作品の主人公である"杉村"がとある殺人事件を紐解いていくのを見守る読者は彼が行く先々で出会う人間の"毒"を目の当たりにすることになる。それははっきりと表現されている場合もあれば、何気ない言葉に隠されている場合もあるだろう。そしてそれを知ったときに愕然とするのだ。確かに自分も毒を持っている。

 宮部みゆきさんの今回の作品は、ミステリー初心者にとても優しい。他のミステリー作品に比べ探偵又は、それに順ずる者が一人歩きし事件を解決してしまうようなことが少ないからだ。読者も事件を探る"杉村"と同じスピードで解決に向うことができる。それは登場人物に感情移入しやすいということに他ならない。「現実として有り得るかも」という微妙な境界に立ち、現代社会に存在する悪意をしっかりと表現できている本作には好感が持てる。

 今自分たちに必要なことは毒を毒と認識することだ。あなたは自分の言葉や行動に毒は無いと果して言い切れるだろうか。言い切れる方などほとんど居まい。その毒の解毒剤を作りたいのならば、まずどんな毒なのかを知るところから。その一歩として「名もなき毒」のページを繰り始めてみると良い。

デイドリーム・ビリーバー
梶悌三さん (男 60歳 )

 「人の人生って毎日が夢の中なんだね・・・」「夢の中?」「そう・・・デイドリーム」

 幸次が死の直前に裕太と交わすこの会話が切なく読者の心に響く。大都会の片隅でデイドリームを信じた二人の若者の純粋な気持ちが全編に貫かれている。様々なタイプの小説に溢れる現在の出版界にあって、数少ない良質の青春小説と言えよう。

 『純・青春小説』という謳い文句にいささかの抵抗を感じながら読み始めたのだが、読後はそんな抵抗感はどこかに失せてしまい、清々しくも安堵に満ちた気持ちにさせられてしまう。

 ひとつの目標に向かって進んでいく純粋な主人公の姿に読者は共感し、きっと二人を応援したくなる事だろう。二人の主人公が抱く夢の在り方は、俳優とボクサーという形の上での違いは有るものの、いつの時代にも求められている凛とした若者の生き様を象徴しているかのようだ。心を通わせ掛かった二人の若者が無情にも病魔に引き裂かれる・・・という結末も、今更の感が無くはないが、そこがストーリーのクライマックス。幸次の死後、沖縄を訪ねて幸次の秘密を知る裕太は、その遺志を引き継ぐ。エピローグに何気なく書かれたわずか一行の裕太の行為が、読む者の感動を呼ぶ。人はそこ迄純粋になれるのかと。

 簡潔な文体とテンポの良さが、作品を読み易く仕立て上げており、作者が映画プロデューサーとして長年培ってきた豊富な経験を土台に、誠実に書き上げた秀作である。

恋空(上・下巻)
NAOさん (女 37歳)

 仕事柄、わりに本を読む。中には「読みたいから」というより「参考までに読んでおくか」と手にとる作品も多い。実は『恋空』もそんな本のひとつだった。女子に人気の携帯小説……どうせまあ、お手軽な今ドキ感と過激な描写で読者の気をひく、巷にあふれる"わたし″語りのひとつだろう。正直、はじめから腰が引けた気持ちでページをひらいた。 けれど……予想は裏切られた。

 互いを思いながら、それでも心がすれちがってしまう哀しさ、誰かを愛し、愛される喜び、かけがえのないものを失った心の痛み、少女と大人の間で揺れる五年間のさまざまな思いを語る主人公、美嘉の言葉はシンプルで、ときに拙い。けれど、だからこそリアルで、切なく、読む人の心にしみいる。まるできらきらと煌いて流れる水のように。そして迎えた結末を美嘉はこう結ぶ。「あなたに会えて幸せでした。あなたに愛されて幸せでした。あなたを愛して幸せでした。そして私は今もとても幸せなのです」。そこには、傷つきながらも、一瞬、一瞬を逃げることなく生きたものだけが手にすることのできる強さとすがすがしさがある。

 『恋空』を読みおわり、夜の空をみあげた。今、この瞬間も、凛とした冬の空気の中で、恋人たちの言葉をのせた幾千万の電波が飛び交い、自分たちの物語を紡いでいるのだろう……そんなことを考えながら。そして誰かに問いかけたくなった。

「あなたは今、幸せですか?」

「今、誰かを愛していますか?」

ナチスから逃れたユダヤ人少女の上海日記
ムカシさん (男 68歳)

 本書は、著者が子供では居られなくなった、その日の出来事から書き出している。 行き場のないユダヤ人に上海だけが、入国管理手続き不要の租界だったし、日露戦争戦費調達で、在米ユダヤ人に借りのある日本政府は同盟国ドイツの意向にかかわらず、反セム主義に傾くことが無かった。上海行きは必然だった。 

 私の姉は著者ウルスラと同年で、日本軍の渡洋爆撃を逃げ延びて、1937年に母と共に上海から帰国した。2年後にウルスラの家族が危険な上海で経験した竹の子生活(皮をはぐように衣類を売る生活)が6年後に空襲に追われた私たち母子家庭を襲う。日本人ながら日本軍に殺されそうになった戦争被害者の私たちにはとても共感できる話が多い。

 羨ましいのは、事業をはじめる為にアメリカの叔母から大金を受取るところである。 島国日本の人脈ではなかなか出来ない。

 著者自身の活力が生きていて娼館の塗装見積もりを手伝いながら、「大鼻子(ダービーズ)」と娼婦にあだ名をつけられたり、イー将軍の愛人たちに英語仏語を教えるなどエピソードは豊富だ。

 父ロバートの信念は正しかった。著者の父母はアメリカに移住する目標を立て、上海は仮住まいと方針を定めていた。著者が上海で結婚し、終戦2年後、アメリカのビザを取得して、上海を出立する處までが上海日記である。

 著者のカソリック・プロテスタントに偏らない無宗派性も本書を読みやすくしている。

 
Copyright 2005-2006 THE MAINICHI NEWSPAPERS.All rights reserved.
掲載の記事・写真・図表などの無断転載を禁止します。
著作権は毎日新聞社またはその情報提供者に属します