第2回ホンヨモ!クラブ 入選作品
ナチスから逃れたユダヤ人少女の上海日記
「ナチスから逃れたユダヤ人少女の上海日記」ウルスラ・ベーコン著
藤牧翔子さん (女 46歳)

珠玉の言葉の数々る

 上海は、ヒトラーの迫害から逃れるユダヤ人避難民を世界で唯一受け入れた都市だった。

 著者自身である十歳のユダヤ人少女ウルスラの一家は、祖国ドイツとあまりに違う劣悪な生活環境に打ちのめされるが、勇気を奮い起こして上海での生活を切り開いていく。

 八年に及ぶその様子は、ウルスラの三冊の日記帳に驚く程克明に記され、五十年後に私たちの前に現れた。その生き生きとした描写はこの本の大きな魅力の一つだ。戦火の中でも「生き抜いていく」躍動感に満ちあふれ、まるで自分も快活なウルスラと共に強烈な匂いのする路地を歩き、友人と笑い合い、たまのぜいたくにとカフェで甘いナッツタルトを注文しているような気持ちにさせてくれる。

 もう一つの魅力は、逆境の中でも前向きに進む勇気を与えてくれる両親の生き方や、人生訓とも言える珠玉の言葉だ。父親は、めったなことでは笑いを忘れず、未知のことにも積極的に挑戦し、ウルスラには「今、受けとっているものすべてがきっと役に立つ。」と言う。母親は、どんなに貧しい食卓にも白いリネンと花を欠かさず、さびしいクリスマスにも「今、授けられている贈り物は命よ。」と微笑む。この両親に育てられたからこそ、著者は憎しみの連鎖を捨て、命を救ってくれた上海に感謝することができたのだろう。いじめなどで自ら命を絶つ人が跡を絶たない今、命の尊さ、前向きな生き方、感謝の気持ちの大切さを実感させてくれる力のある本である。

「ナチスから逃れたユダヤ人少女の上海日記」ウルスラ・ベーコン著
長畑望登子さん (女 68歳)

中・高生におすすめ

 冷たい雨が、灰色の石畳に降りしきる、三月の夜。ナチスに捕らえられた父が、丸裸でじゃがいも袋に人れられているのを、10歳の少女が引きずって戻ってゆく。ユダヤ人の苦難の歴史のはじまりだった。着のみ着のままで上海へ逃れた一家の、それから8年余の地獄のような難民生活を読むと、人間はどんな状況にいても、人としての誇りを失わずに生きられるものだ。愛と信頼の絆さえあれば、ということを、しみじみと教えられる。

 本当に死んでしまいたいような現実と向き合いながら、なぜか人々はどこか明るく、しかもお互いを思いやる心のゆたかさをも失わずに生きている。そして、10歳だった少女は、凛した、やさしさと勇気をそなえた美しい女性へと成長してゆく。

 「あなた自身が、あなたの作品そのものなのですよ、よく、賢く、生きなさい。平和の中で。愛の中で。」主人公の少女ウルスラ(著者自身)が出会い、尊敬していた中国人の仏教僧ユアン・リンの、ことばの意味そのままに。やがて、苦難の都であった上海に別れを告げる船上で、主人公は思う。すべてに、感謝あるのみと。「憎悪が、世界中に何をするかは、もう充分見た。二十世紀だけでなく、その前の何百年もの間に憎しみが作り上げたもののことなら、いやというほど知っている……」と。感動の余韻が深いこの一冊を、多くの人に、とりわけ、生きるのがつらいと思っている中・高生の人たちにおすすめしたい。

 
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