第2回ホンヨモ!クラブ 入選作品
名もなき毒
「名もなき毒」宮部みゆき・著
近江裕之さん (男 38歳)

現代の病巣への警鐘

 恐ろしい小説である。毎日のように新聞・テレビを賑わす事件の数々。現実社会が小説世界以上に荒む中、現代人1人1人に潜む「毒」。そんな現実社会とオーバーラップして、幸せはいとも簡単に崩れ去るものということを思い知らされる小説であった。

 「誰か」で自転車での轢き逃げ事件を解決した逆玉サラリーマンの主人公・杉村三郎。彼の会社を解雇された女性アルバイトが巻き起こす騒動と、首都圏で発生した連続無差別毒殺事件とを中心に展開され、それらに様々な人間模様、様々な事件が絡み合う。

 メインテーマは人間の心の中に潜む「毒」。どの世界、どの時代に生きても人間は心に何かしらの「毒」を抱え込む。それは怒りや悲しみかもしれないし、差別や偏見といったものかもしれない。勝ち組・負け組という言葉が流行したが、負け組の怒り・悲しみがいつしか「毒」に変わり、勝ち組に襲いかかることを、予見している気がする。

 「世の中のすべてに腹が立って、自分にはこういうことをする権利があると思っていました」「人の命を奪ったって、何にもなりませんでした」…犯人の口を通して語られるこれらの言葉は、現実社会で日々繰り返される殺人事件、そういった現代の病巣への警鐘のような気がしてならない。

 読後に決して爽快感を得られる小説ではない。ただ心に残る小説であり、今も「丘を越えて」のメロディーが頭の中で悲しくリフレインしている。

「名もなき毒」宮部みゆき・著
木宮健史郎さん (男 57歳)

毒の災厄を活写

 散歩中に毒死した男性は四人目の犠牲者。≪死人が四人≫こんなプロローグで始めた宮部みゆきはやはり只者ではない。

 幸福な男の見本のような主人公が職場のトラブルメーカーの過去を探る。彼は彼女が猛毒に匹敵する性格であることを順次知る。この過程がスリリング。次に何が判明するのか。圧巻は父親の凄惨な告白。また調査過程で毒殺事件の関係者と出会い、探偵役を務める。  毒牙を持つ蛇を毒蛇、有毒成分を含む草を毒草と呼ぶなら、毒を内包する人間は毒人だ。本書は傑作推理小説だが、毒人の怖さと不可視の毒が人間に齎す災厄を活写したホラー小説の傑作だ。最初に海鼠を食べた人は食いしん坊にすぎないが、初めて恐怖を知的娯楽に高めた人は偉大で、私たちの恩人だ。著者は間違いなく誉れ高き先達の末裔の一人だ。

 毒人の厄介な点は、無害を装い、毒名を書いたラベルが貼られてないことだ。しかも人間を容器とした毒は使っても全然減らない。ここに毒人の底知れぬ怖さがある。

 八月に幼児三人が惨死した悲劇後、飲酒運転根絶の気運が急上昇したのに、十月の飲酒運転検挙数は8749件、死亡事故が25件。日本は危険極まりない飲酒運転列島だ。「事実は小説より恐なり」、私はこの現実に戦慄する。

 そんな恐怖を早く消去して、恐怖は本書のような名作で存分に楽しみたい。『名もなき毒』は一読すれば巻を措く能わず。休日に一気に読むべし。これぞドク・ホリデー!

 
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