書評対象書籍 3冊
「刑事 雪平夏見 アンフェアな月」 秦建日子・著 (河出書房新社)
「居眠り磐音江戸双紙 野分ノ灘」 佐伯泰英・著 (双葉社)
「東京タワー オカンとボクと、時々オトン」 リリー・フランキー著 (扶桑社)
「ツギハギ姫と波乗り王子」 桜井亜美・著 (幻冬舎)
刑事 雪平夏見 アンフェアな月

主人公の魅力で一気読み

 こんな女性が本当にいたらぜひ会ってみたい。強い関心を抱かせるのが本書の主人公、雪平夏見だ。

 雪平は警視庁捜査一課の強行班に所属する38歳の刑事。一課で検挙率ナンバー1の豪腕であるうえに、「きちんと外見に気を配れば、今からでもミス・ユニバースの大会に出られそう」な美ぼうと完ぺきなプロポーションの持ち主だ。これだけなら、テレビドラマにありがちな展開と一蹴して終わりだが、続きがある。

 美ぼうは生かされることなく髪はボサボサ、化粧っ気なし。酒の飲み過ぎでいつも目はどろりとし、離婚後別れて暮らす7歳の娘には「世界で一番嫌い」と言われる始末。きわめつけは現職刑事として最多、「被疑者射殺数=2」という記録を持っているのだ。本書は、そんな"問題アリ"の刑事が、生後3ヵ月の乳児誘拐事件への出動を命じられてから一気に展開する。捜査課程で、家出少女6人の連続殺人事件という恐ろしい「オマケ」も 判明してしまう。

 最初は雪平のキャラクターを特異にし過ぎているのではと感じたが、読み進めば綿密に計算されていることが分かる。娘をさらわれて放心状態の母親に話しかける言葉。自ら推理を立ててグングン突き進む姿勢。連続殺人事件の容疑者とされる人物から「交渉相手」として指名された理由。テレビに映った母親をを見て、久しぶりに家を訪れた娘と交わしたぎこちない会話。外見が雪平のすべてではない。内に秘めた揺れる感情を、リズム感を失わずにうまく描いている。

 雪平以外にも、仕事の獲得に苦労するシングルマザー、余命1年を宣告された患者など、さまざまな困難を抱えた人物が登場し、現代社会の問題を浮かびあがらせる。当然、事件の背景にもつながっていく。雪平のカッコ良さと人間くささの魅力で一気に読めること請け合いだ。

野分ノ灘―書き下ろし長編時代小説

痛感する「礼節」の大切さ

 直心影流の達人、坂崎磐音が活躍する「居眠り磐音江戸双紙」シリーズの第20弾。元豊後関前藩士の磐音は、深川六間堀の長屋で浪々の日々を送っていたが、江戸一の道場を継ぐことになり、美貌のいいなずけ、おこんと一緒に、豊後関前の両親へあいさつするため船で九州を目指す……というストーリー。

 読んで痛感するのは「礼節」の大切さである。現代と江戸時代との違いといってしまえばそれまでだが、磐音という人はとにかく筋を通そうとするのである。異例の出世をするのに決して偉ぶらず、控えめな態度を崩さない。世話になった鰻屋の親方、藩主、懇意の商家、剣の師匠……。あいさつする相手を数え上げればきりがないほどだ。

 磐音はどこでも温かく迎えられる。作者は磐音の栄達をわがことのように喜んで食事や酒をふるまう人々の一挙一動を丁寧に描き出す。ストーリーの展開を待ち望むせっかちな読者も、献身的ともいえる人々の温かさに感銘を覚えるのではないか。

 苦労人の磐音は人間通だ。「礼節」なしにこの世はにっちもさっちもいかないことを知っているのだ。実際、この小説でも徹底的な「礼節」で事態は円滑に進む。作者がビジネスマンに支持される理由の一つだろう。

 磐音は次期将軍の身を守ったことが災いし幕府の大物に命を狙われる。強大な権力を持つ敵の魔手は磐音の親友にまで及ぶ。それもなんとか退け、磐音は藩御用船で出発する。下田、大坂などをへて船は九州を目指す。途中、「野分(台風)」と遭遇しそうになるが危うく難を逃れる。船中、磐音は刺客に狙われるが、若い水夫の機転で救われる。そんな幸運も謙虚な人柄がもたらしたのだともいえる。これも「礼節」の成果だろう。

 シリーズの節目にふさわしい傑作、<海水の玉が弾けて飛び、朝の微光に煌いた>。故郷九州に戻ってからの冒険を予感させる結びの一文がなんとも美しい。

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~

母親はすべてこうなんだろうな

 テレビのバラエティー番組で時々見かけるリリー・フランキーさん。イラストレーター、アイドル評論家、写真家……。さまざまな活躍をしている。その人が、がんで亡くなった母のことをつづった自伝的小説だ。いつも何ごとにもこだわらない、ひょうひょうとした雰囲気を漂わせているリリーさんは、どんなふうに母のことを描いたのか。

 副題に「オカンとボクと、時々、オトン」とあるように、破天荒なオトンとは別居してしまい、そのオトンが時々顔を出しながら、ボクとオカンはずっと2人で暮らしていく。ボクは九州は小倉生まれの筑豊育ち。淡々と軽妙に、しかし丁寧に幼少時代から語り起こされる。会話は方言で、それが物語にそこはかとないおかしみを漂わせる。

 大分で高校時代を過ごし、大学で東京に出てきた。その時ボクはオカンの人生が小さく見えてしまう。でも<それは、ボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ>と知っている。母に対する感謝と尊敬と悲しみのこめられた息子の視線に触れて、悲しくていとおしくてほろ苦い自分の過去の記憶がよみがえってきた。

 仕事を始めたボクはやがて年とったオカンを東京に呼び寄せ一緒に住むことになる。仕事で自宅に訪ねてきた人にご飯を食べさせ、自分のものは定価で買ったことがなく(値引きされてから買っていた)、酒の席で鼻メガネをかけ変な踊りの芸を披露する。なれない東京で、でも息子のそばにいられることがうれしくて、楽しむすべを見つけ出したオカン。

 母親はすべてこうなんだろうな。その母親が死んでしまったら、悲しくてたまらない。その悲しみからリリーさんはこの物語を生み出した。ひょうひょうとしたリリーさんが真正面から母親と自分をみつめた。だからこそ、心の奥に大事にしまっておいた母に対する思いに響いてくる。母親を心いっぱいに思い出させられる1冊だ。

ツギハギ姫と波乗り王子

読者に想像の余地残す

 インターネットや携帯電話、ゲームやアニメなどのサブカルチャー……。ここ10年ほどで急速に拡大したコミュニケーションツールやトレンドは、若者の恋愛や生き方にどんな影響を与えたのだろう。その問いへの答えの一端を示すような現代的小説だ。

 主人公の20氏女性・杏は、おとなしい経理事務員として社会生活を営むが、ブログの中で使っている「ツギハギ姫」という名前に、彼女自身が考える本当の自分が象徴されている。<その場しのぎの、周りに合わせた「仮の自分」ばかりでツギハギだらけ>。そんな杏は<生身の人間が苦手>で、他人を愛することや自分の心に踏み込まれることを拒み、ネットやアニメの仮想空間に存在意義を見いだす。一方で、愛情なしに男性と一度限りの関係を持つ面もある。そんな彼女がサーファーのリクと出会いどう変わっていくのか。小さな事件を織り込みながら、彼女が心を閉ざす理由が明かされ、恋物語は展開していく。

 恋をする前の杏自身が冷静に予見した通り、生活を共にするうち、彼女はリクに依存し重荷になっていく。極端な振幅を繰り返す杏の感情は、ややもすると唐突だが、筆者は会話やブログヘの記述の積み重ねで、主人公の心の変化に必然性を持たせている。主人公にとっては王子様のような存在であるリクだが、著者は杏が知らないリクのしたたかさや葛藤も読者に示し、ケータイ小説的な展開に厚みを持たせている。

 最後まで結末は分からない。言い換えると、主人公は「ツギハギ姫」として生き続けることと、別の人生を歩み始めることのどちらを選んでもおかしくない。小説では描かれなかった主人公の未来を読者が自由に想像する余地を残している。

 誰しも自分の多面性を自覚し使い分けて、社会生活を営み、恋もする。ページをめくるうち、読者は自分の中にも杏がいることに気づくかもしれない。

 
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