イラク情勢を国際情勢論的な方向から大上段に分析するのではなく、イラク戦争を通してその戦前・戦中・戦後の民衆の考え方や生活ぶりを丹念に取材し、通常のTVニュースや新聞記事などでは窺い知れない部分に光をあてている。こうした作業は火種の絶えない中東・西アジア全般の現状を考える際にも、多くの示唆をわたしたちに与えてくれる。
「イラク戦争に反対して米国務省を辞任した元外交官、ジョン・ブラウンにインタビューする機会があった。彼は米軍のイラク侵攻について、『ホワイトハウスはイラク侵攻を国内問題と考えた。つまり、ブッシュ政権の求心力を高めるのが目的だった。国民は同時多発テロ後の一種のパニック状態から抜けきっておらず、正確な判断ができなかった』と分析し……『ブッシュ大統領はイラクについてほとんど何も知らなかった。イスラム教徒にシーア派とスンニ派がいることさえしらなかった』と述べた」と、このような米国側のお粗末な事情に触れた文章と、米軍の爆撃目標から石油省が除外され、バグダッド侵攻後も真っ先に同省が確保、占拠された点から、米国の狙いはやはり石油だったのかと、みんなが感じたという話などをあわせて読むと、イラク戦争とはいったい何だったのかと、あらためて考えさせられてしまう。
フセイン政権下で大統領を批判し治安当局に舌を切り落とされた者、弾圧を避け22年間穴蔵に隠れ暮した男の話。政権崩壊後、治安の乱れたイラクで多発する事件や暴動、テロの数々。実際、強盗に遭い銃を突きつけられたときの著者の体験談。爆弾テロの現場に書き記された幼い犠牲者たちへの哀悼の詩など、様々なエピソードを通して、イラクという国家を形成しているものの正体をえぐり出してみせる。私たちにはわかりにくい、イスラムやアラブ社会特有の慣習やものの考え方も、著者の現地での体験とともに説明され、逆境を生きる人々の生身の声からイラクの実像が正確に伝わってくる。ヒューマニスティックで臨場感溢れるルポルタージュ。